遺産の危機、社会的危機、そして政治的危機

Chapter 1  寄付に対する批判

ノートルダムへの動員 © Oli – Sudpresse (Belgique) 17 avril 2019.

すべて火災、すべて炎 © Oli – Sudpresse (Belgique) 18 avril 2019.

エヴァン・バルセロ (訳:河野俊行)

火災から2年後の2021年までに、150カ国34万人の寄付者から8億3300万ユーロの支援金が寄せられた。このような慈善活動の盛り上がりは大聖堂の名声に見合ったものであり、今や共有された象徴としての大聖堂を、集団的かつ世界的に活用していることの表れである。

しかし火災の翌日、最初に寄せられた寄付には激しい議論が巻き起こった。2019年4月15日夜、マクロン大統領は、大聖堂修復のための全国的な募金キャンペーンの開始を発表したが、その翌日、国内有数の大富豪たちから数億ユーロを支援する旨の誓約書が提出されたのだ。高級品業界に投資している3つの富豪家だけでも、5億ユーロの誓約をした。この突然の寄付はすぐに大きな反響を呼び、多くの著名人がこの法外な金額の不適切さを訴えた。フランスの法律は、大幅な減税 (企業の場合は最大60%) をインセンティブとすることで寄付を奨励しているが、この論争により、4月17日、最大の寄付者の一部は、この減税の恩恵を受けないことを宣言した。この寄付額は異例の金額であったとしても、「黄色いベスト」運動に代表される社会的危機の真っ只中に発生するという、特殊な状況下で発生した火災であったことが社会的反響を大きくしたといえる。大聖堂の火災に結びついた感情が、社会的不平等をめぐって大衆を動員した。超富裕層の寄付は、社会の悲惨さに対処する予算の不足と対比され、人々の憤りや怒りを引き起こした。それは、コミュニケーション操作、偽善、下品な行為の一種と見なされた。人々は、人命は建物よりも価値が低いというメッセージとして受け取ったのである。最終的には、個人の命を超越する力が遺産にあるかが問われることになる。巨額の寄付は、道徳的価値に異なる基準があることを明るみに出し、社会の意見を分断し、遺産に対する感情は本質的に論争的で政治的であることをあらわにしたのである。

Chapter 2  黄色いベストのノートルダム大聖堂

ノートルダム大聖堂に黄色い新尖塔の提案 © Twitter, 17 avril 2019.

"防水ベストを届けに来たぞ!"『ユニオン』紙、2019年4月19日。© Emmanuel Chaunu, 2019.

黄色いベスト運動のデモ、2019年4月20日 © Philipe Rochot, 2019.

エヴァン・バルセロ (訳:河野俊行)

2019年4月15日の火災は、マクロン大統領が国民大討論会の締めくくりとして「黄色いベスト運動」に対する政府の対応を示すことを予定していた夜に発生した。予定されていた演説は、大統領がノートルダム大聖堂に出向いて炎との戦いの進捗状況を確認するために中止された。

燃料価格の上昇が、2018年11月、黄色いベスト運動のきっかけの1つであった。この抗議活動は瞬く間に広がり、多くの不満を集め、労働者階級の生活向上と政治体制の大幅な変更を求める動きと同調するようになった。全国規模で展開されたこの運動は、中心となる組織を持たず、同質性を欠いているがゆえに、説明が難しいものだった。当初は、郊外や小さな町に住む、控えめな収入と学歴を持ち、デモをしたことがないような従業員や労働者が大半を占めていた。参加者の男女比率は均衡しており、組織的な政治活動に自信を持っている人はほとんどおらず、伝統的な政党に身を置くことを拒否して自らを称して「アポリティカル (非政治的)」と言っていたような人たちだ。

つまり、大聖堂の火災は、フランスの政治社会状況において非常に特殊な瞬間に発生したのだ。火災が持つ意味、火災によって喚起された感情や反応は、この特定の社会的文脈によって決定された。黄色いベスト運動の参加者の多くは、ノートルダム大聖堂の焼失に大きく反応し、大聖堂との関係を示す多くの証言を残している。彼らは、政治やメディアによる火災の扱いを批判する一方、ソーシャル・ネットワーク上で広く流布したテキストや画像を通じて大聖堂を元に戻し、彼らの運動がフランス各地で占拠しているロータリーに大聖堂のレプリカを建てた。このような「ノートルダム・デ・パレット」や「ノートルダム・デ・ドロワット」は、当局によって破壊されるまでの短期間、フランス西部で広がりをみせた。これは、「彼らは破壊し、我々は建設する」というスローガンが示すように、逆説的な並行なのである。コミュニティスペースとして考えられたこれらのモニュメントは、代替的な社会モデルと遺産の大衆的なビジョンを具現化しようとするものであり、国家的モニュメントに代表される型にはまったモデルとの違いを宣言するものだった。

Chapter 3  災いを笑う

"神父さん、お帰りください". © Placide, 17 avril 2019.

"論争を断ち切る" The Union 紙, April 18, 2019. © Emmanuel Chaunu, 2019.

ノートルダム大聖堂とシャンペンのフォトモンタージュ (2019年4月15日)。モエ・エ・シャンドンのシャンパンを所有する LVMH グループの (フランス最大の財産を保有する) ベルナール・アルノー会長は、ノートルダム大聖堂の修復のために 2億ユーロを寄付 © Romain Genty, 2019.

ノートルダム大聖堂の尖塔が、ディズニーランド城になった風刺画、フォトモンタージュ、2019年4月18日。© Jean-Marc Dal, 2019.

ニコラ・フィケ (訳:河野俊行)

火災による悲しみと、再建や寄付論争に対する怒りが、感情を測るマトリクスの軸として一般的であると思われるが、実は、ユーモアが火災とその結果に対して予期せぬ役割を果たした。災害を笑うことが、大惨事を受け入れやすくするための回復力を示唆しているとすれば、それは政治的なジェスチャーであるとも理解できる。皮肉とブラックユーモアの間を行き来しながら、火災とその後の論争をからかうことで、自分の立場を表明する方法である。この笑いは基本的に視覚的なもので、風刺的なドローイングやパロディ的なフォトモンタージュなどに基づいている。「一枚の絵は千の言葉に値する」という古い格言が言うように、これらのユーモラスな表現は、長々とした新聞記事よりもはるかに喚起力があり、メディア上で声を上げることができない人々に声を与える。こうしたユーモラスなビジュアル表現こそが本当の議論の場になるのである。

ノートルダム大聖堂の尖塔を再建するための国際建築コンペの開催が発表され、最初のデザイン案がソーシャルネットワーク上に流れ始めると、その放縦さは嘲笑を買った。4月18日には、あるユーモア専門サイトが、ノートルダム大聖堂の写真を使って「自分だけの尖塔を作ろう」とツイッターで呼びかけ、ハッシュタグ「#UneFlechePourNotreDame」を付けた。すると、現代的な尖塔のデザイン案をパロディーにした、ユーモラスなフォトモンタージュが、何百も投稿された。

より伝統的な方法としては、プロの漫画家たちもこの機会を捉え、数多くの風刺画を披露した。彼らの風刺画は、ソーシャルネットワークのパロディ的なフォトモンタージュのような大衆から出たものではなかったが、ユーモアがあると同時に批判的でもあるという同じ立場を採用していた。再建の問題にとどまらず、漫画家たちはニュースに表れる様々な論争をビジュアル化し続けている。彼らの作品は世論のバロメーターのようなもので、今日では火災とその余波の真のアーカイブとなっている。