国境を越える想い

Chapter 1  前例のないメディア露出

ニューヨークタイムズの Facebook 投稿 © Facebook, avril 2019

パリ ノートルダム大聖堂が世界中の新聞の一面を飾った © Twitter, avril 2019.

シルヴィ・サグネス (訳:河野俊行)

2019年4月15日の夜、フランスのすべてのメディアは、午後8時に予定されていたエマニュエル・マクロン大統領のテレビ演説を中継し、黄色いベスト運動に対応する形で3ヶ月前に開始された「国民大討論 Grand Débat national」の結論となる大統領の発表についてコメントする準備を整えて、ゴーサインを待っていた。しかし、午後7時過ぎに小さなスクリーンに最初の映像が映し出された火事が、ジャーナリストが「決定的」・「歴史的」とまで表現していた、この大統領の予定に影響を与えた。マクロン大統領は演説を延期し、すべてのテレビチャンネルは火災を生中継するためにスケジュールを調整した。4つの連続ニュースチャンネルを真似て、TF1、France 2、France 3 などの民放・公営の主要な総合チャンネルは、夜遅くまで終わらない特別版に切り替えた。大統領が現場に到着した午後9時前には、フランス人の2人に1人が延々と続くテレビの映像に釘付けになっていたと見積もられている。火災は海外のテレビ局でも報道され、あらゆる類の国際的に著名な人物(政治家、大都市の市長、文化人、スポーツ選手など)からの悲しみのメッセージが画面に次々に流れた。これら著名人の反応は、普段であれば退屈なはずのこの放送時間帯を埋めたのだった。2015年のテロ攻撃のときと同様、4月15日は、CNN US と CNN World が共同してこの火災を生中継した。悲劇の舞台となったパリとシテ島、広場やセーヌ川の橋と波止場に集まったパリ市民の熱を帯びた苦悩、炎の黙示録的な光景、ドラマの結末を左右する不確実性など、多くの要素がこの前代未聞のメディア報道に貢献した。この夜は、世界中の人たちがスクリーンにくぎ付けになったが、フランスだけでなく世界各地の日刊紙、地方紙、全国紙は、この災害を翌日の一面記事として編集していた。あらゆる種類のすべてのメディアは、特別版、現場からのリポート、「殉教」した大聖堂を特集した特別号などの作成に全力を挙げていたが、それらは後日、記録的な速さで完成することになる。

ノートルダム大聖堂の火災について、SNS で最も多くシェアされた表現とキーワード © Visibrain, outil de veille du web et des réseaux sociaux : https://www.visibrain.com/fr/, avril 2019.

ノートルダム大聖堂の火災について、ソーシャルネットワーク上で最も多くシェアされた絵文字 © Visibrain, outil de veille du web et des réseaux sociaux : https://www.visibrain.com/fr/, avril 2019.

Chapter 2  世界中からの寄付

リヨン駅のホールに貼られた寄付を呼びかけるポスター。パリ・ノートルダム大聖堂とさまざまな人たちとの関係を紹介している。© Claudie Voisenat, avril 2019.

「大聖堂の修復にご支援を」。寄付の呼びかけ © Cathédrale Notre-Dame de Paris, 2021.

ノートルダム大聖堂への寄付を掲載-2019年4月16日 © AFP, 2019.

シルヴィ・サグネス (訳:河野俊行)

大聖堂が炎に包まれる中、フランスの実業家フランソワ・ピノー氏とフランソワ・アンリ・ピノー氏親子が、「完全な復元に必要な努力に参加するために 」1億ユーロの寄付を申し出た。これを受けて、マクロン大統領は国内外からの募金受け入れを開始することを発表した。2019年4月16日から、国立記念物センター及び他の3つの団体が、政府のウェブサイト (https://www.gouvernement.fr/rebatirnotredame) に共通のプラットフォームを設け、寄付金を集めている。寄付の申し出は急増し、10億ユーロを超えたが、これは新たな「大口寄付者」である産業・銀行グループ、地方・省庁当局、大小様々な自治体からの寄付に支えられている。

こうした現象はフランスだけにとどまらない。アメリカからは投資ファンド KKR の共同設立者であるヘンリー・クラビス氏、多国籍企業のアップル社、インディアナ州のノートルダム大学、雑誌「マニフィカト」、フランス文化遺産協会などがこの募金に応じたし、またハンガリーのセゲド市は、1879年の壊滅的な洪水被害に対するパリからの復興支援にちなみ、連帯を表明した。しかし総額8億3,000万ユーロの大部分を占めるのは、150カ国以上の34万人から寄せられた匿名の寄付である。この金額は、公認された4つの機関に直接送られた寄付と、街頭で集められた寄付を合わせた数字であり、実は、これ以外にも無数の募金活動が行われている。資金集めの活動は数え切れず、販売価格の一部または全部が修復のために寄付される「募金用グッズ・サービス」(書籍、CD、家庭用リネン、ワイン、コンサートチケット、ペタンク競技のエントリー等) など、収益源は増えている。こうした現金の寄付に加えて、オークの木などの現物の寄付もある。また、オランダのバイオリニストで指揮者のアンドレ・リュウ氏は、自身のショー「A Romantic Night in Vienna」の舞台装置に使われていた700トンの鋼鉄を寄付し、修復に必要な足場の設置に再利用してほしいと申し出た。このようなサービスや技術を通して、稀にみる全世界的な厚意の図像が完成した。

Chapter 3  ウェブが炎上したら

衝撃を配信 © Anouk Bouvet, 2019.

シルヴィ・サグネス (訳:河野俊行)

デジタル・ソーシャル・ネットワークは、大衆の感情のサウンド・ボードであり、主要な出来事を迅速に伝達する。2019年4月15日の夜、大聖堂火災のニュースは前例のない衝撃度で世界を駆け巡った。Twitter、Facebook、Instagram が提供した数字によると、330万人を超える人々が、ノートルダム関連のコンテンツに810万回のメッセージを送ったようだ。パリ市民が撮影した様々な映像は、ステファン・ベルンが France 2 TV のニュースで「親しい友人が我々の元を去ります」と取り乱しながら述べている映像と同様に広まった。メッセージには表現豊かな絵文字 (泣き顔、合掌、失恋など) が添えられて、驚き、ショック、懐疑、苦悩、悲しみなど、あらゆる反応が見られる。ある人は、悲劇の前に大聖堂を眺めることができたことがいかに幸運であったかを実感していると言い、そのことを大聖堂の前で撮った写真で証明している。他方、もう大聖堂を訪れることができないのではないかと心配している人もいる。またある人は、炎を制圧するために奮闘する消防士たちへ応援と称賛を贈っている。テクストは、ヴィクトル・ユーゴーの小説からの引用であふれ、大聖堂の描写や、この19世紀の作家の創作による火災が取り上げられている。ユーゴーの火災予兆は明白である。インターネットユーザーは、有名なイコノグラフィーを拡散した。それにはディズニー作品で善人になったカジモド*の取り乱した姿や、地上からは見えないが、彫刻家シャルル・メロンと写真家シャルル・ネグレによって有名になった、ヴィオレ=ル=デュックによって創られた角の生えた悪魔ストリージュ**の憂鬱な姿が含まれる。また、ゲーム「アサシン クリード ユニティ」のスクリーンショットに加え、アーティストが即興で描いたイラストも公開された。これらのイラストには、せむし男やキメラだけでなく、エスメラルダ***、マリアンヌ****、パリの消防士なども描かれている。この凝縮されたやり取りの瞬間には、個人的な思いも吐露される-「遺産とは何か。遺産とは、たとえそれが大聖堂であっても、そして私たちが無神論の左派であっても、それが消えてしまったときに涙するものなのだ。#ノートルダム大聖堂」

訳注*:ノートルダム・ド・パリの登場人物
訳注**: 半人半鳥で吸血する魔物
訳注***:ノートルダム・ド・パリの登場人物
訳注****:フランス共和国を象徴する女性像。自由の女神として知られる。